嘉納治五郎の「癇癪」は、なぜ柔術によって改善されたのか? 〜【身体感覚】という観点からの考察〜

館長(コラム・講演・対談) 2020年8月20日
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4歳児 見事なブリッジ

柔道の創始者・嘉納治五郎は、22歳で講道館を創設する前に、約5年間柔術の修行を積んでいます。

 

名家の出身である嘉納治五郎は、頭脳明晰である反面、体格と体力には恵まれず、少年時代には辛い思いをしたようである。〝強い者が跋扈(ばっこ)し、弱い者がその下風に立たなければならない状況〟を克服するために武術の修業を志した嘉納は、周囲の反対を押し切って天神真楊流柔術の福田八之助に入門。福田が亡くなった後には天神真楊流宗家・磯正智の道場で学び、更に起倒流柔術を飯久保恒年に就いて学んだ。
 

〜「月刊 秘伝(2011年12月号)」より抜粋〜
 

 

柔術に取り組んだ効能について、嘉納自身は下記のように述べています。

 

自分は以前から、いろいろの運動をやっては見た。器械体操も少しはやった、駈けっこもやった、船も漕いで見た、遠足もした。もっとも多くやったのは球投げ(まりなげ)、ベース・ボールであった。
 
(中略)
 
こうしたわけで、つまり柔術ほど、ほんとうに身体を鍛錬するものはないということを実感するに至った。
それに自分は、かつては非常な癇癪持ちで、容易に激するたちであったが、柔術のため身体の健康の増進するに連れて、精神状態も次第に落ち着いてきて、自制的精神の力が、著しく強くなって来たことを自覚してするに至った。
 

〜「嘉納治五郎 私の生涯と柔道(日本図書センター)」より抜粋〜
 
 

「癇癪」をネットで調べると、「怒りの気持ちを抑えたり、怒りからくる突発的な行動をコントロールしたりすることができない状態を指す」とあります。
嘉納治五郎の「癇癪」は、柔術を通してなぜ改善されるに至ったのでしょうか?
本コラムでは、その疑問を「身体感覚」という視点から紐解いていきたいと思います。

 
 

まず、柔術という運動によって「自律神経」がバランスよく働くように整ったことが考えられます。
「自律神経」は生命維持のために必要なメカニズムで、筋肉・皮膚・内臓などに働きかけ、体の機能を状況に合わせて変化させる役割を果たしており、情動(「泣く」「笑う」のような客観的に見ることができる体の反応)をコントロールすることに深く関わっています。
運動は筋肉だけではなく、「自律神経」も鍛えてくれる、と言われています。運動により「交感神経」と「副交感神経」のレベルが引き上げられ、ストレスへの抵抗力もアップします。

 

次に柔術を通して、嘉納治五郎の「ボディイメージ」が発達したことが予測されます。
「ボディイメージ」とは「自分の体の構造や力の強さなど、体をうまく扱うために必要な情報のこと」を言い、動きの感覚と呼ばれる3つの感覚が主に関係しています。
 

 

下記表をご覧ください。

 
身体感覚 表
 

表中にあるように、「固有感覚」と「触覚」には【情緒を安定させる】働きがあります。
柔道では、柔道衣を着用し素手で柔道衣を掴み合い、互いのバランスを崩し合います。これは嘉納治五郎が修行した柔術も同様です。
この柔道特有の攻防には、「固有感覚」「触覚」「前庭感覚」を始めとして「協調運動」「視知覚」等々、様々な感覚が関わっています。

 

また、柔術衣や柔道衣を身にまとうだけでも、「触覚」の刺激になるでしょうし、「受身(相手に投げられる)」や「寝技(抑え込み技)」も、体中の皮膚で振動や圧力、温度を感じるはずです。

 

若き日の嘉納治五郎が柔術修行に励むことで、自律神経が整えられ、身体感覚が高まりボディイメージが発達し、自制的精神が高められていったのではないでしょうか。

 

このように身体感覚を高めることでボディイメージが発達します。ボディイメージは行動を生み出す原動力となり、ボディイメージの発達が未熟だと、新しいことに取り組むこと、行動の選択肢を広げること、みんなに合わせて体を動かして遊ぶことが難しくなります。
このボディイメージの発達には、乳幼児期の運動体験が影響すると言われています。
しかし、現代社会では日常生活の中で運動することや体を鍛える機会が明らかに減っています。本来であれば幼少期の遊びの中で自然に芽生えるはずの俊敏さ、バランス感覚、柔軟性などが十分備わっていない子どもが増えてると言われています。

 

「柔道」と「身体感覚」と「子どもの発育発達」は非常に親和性が高く、現代社会に必要な視点であると考えています。
「柔道」は優れた「感覚運動」と言えるでしょう。

 

そしてこの「感覚運動」こそ、発達障害の特性がある子どもたちの不器用さ、未発達な身体感覚を補うために有効であることに着目し、文武一道塾 志道館では新たな取り組みをスタートさせる予定です。

 

 

〈本コラム参考文献〉

凸凹子どもがメキメキ伸びるついでプログラム
(井川典克/監修・鹿野昭幸 野口翔 特定非営利活動法人はびりす/編著)

 
 

 
 

館長・坂東真夕子

 

 

 

 

 

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